金糸/京都[前編]

地産街道を行く⑬

取材文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)
写真/筒井直子、福嶋英城

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。

[今回の手がかりとなる収蔵品]

ドレス
ドレス
1870年代半ば
ブランド:ターナー
レーベル:MISSES TURNER COURT DRESS MAKERS 151. SLOANE STREET LONDON
京都服飾文化研究財団所蔵 リチャード・ホートン撮影

バッスルという下着を用いてスカートの後ろを大きく膨らませた1870年代半ばの典型的なドレス。ドレスのシルエットの変化が著しかった19世紀後半において、1870年代から80年代にかけて流行したのがバッスル・スタイルと呼ばれるこの形だった。

旅するドレス

ここに一着の希少なドレスがある。スカートの後ろを大きく膨らませた。1870年代半ばの欧米における流行のスタイルだ。しかし、このドレスが純然たる欧米製に見え難いのは、その独特な生地のせいであろう。近づいてみると、菊、牡丹、藤、団扇柄が刺繍や染め技法によって散りばめられている。実は、このドレスは当時日本から遠く西欧へ渡ったきものを、ロンドンのターナーという店がドレスに仕立て直したものなのだ。折しも西欧では日本の芸術文化に対する愛好熱に火が付き、19世紀末に向けて高揚しようとしていた時だった。きものは人々の日本への興味を刺激する貴重な輸入品だったのだ。つまりこのドレスは形、素材ともに流行の最先端ということになる。「日本」をまとった西欧の女性はさぞや目を引いたことだろう。

ニューアーク美術館(ニュージャージー)にて開催された「Kimono Refashioned」展の会場風景。
ニューアーク美術館(ニュージャージー)にて開催された「Kimono Refashioned」展の会場風景。Kimono Refashioned, Newark Museum, 2018, ©Emily Laverty

きものから姿を変えた一着のドレス。それから100年以上の後、今度は西欧から日本へと渡り、ここ、KCIの収蔵品となった。そして今、このドレスはさらなる旅路に就いている。アメリカ三都市の美術館を巡回する展覧会へ出展するためだ。この展覧会は、日本のきものが今日まで欧米のファッションにいかに影響をもたらしたか、ということをKCIの収蔵品を中心に辿るものだ。最初の開催館であるニューアーク美術館の学芸員によると、展示の冒頭に並ぶこのドレスは、ことのほか観覧者の視線を浴びていたという。優美で珍しい日本の生地に観客は思わず感嘆の声を漏らすのだ、と。様々な文様や技法のなかで彼らの関心を引くもののひとつ、それがドレスにひときわ豪華さを与えている金糸刺繍だ。所々軽快に配され、まばゆい輝きを放っている。

しなやかな金属の糸

この金糸刺繍の一つに近づいてみよう。金糸が束になって生地に貼りついているのが分かるだろうか。これは「駒縫(こまぬい)」という技法で、生地に直接刺し通せない太い糸を用いる場合に使う。下絵にそって生地の上にその糸を置き、別の細い糸で綴じ付けていく、江戸時代初期より好まれた方法だ。太さが重視された金糸に適し、とりわけ女性の打掛や小袖の装飾に多用された。

ドレスの部分。縫い詰められたまばゆい金糸の梅花のうえに朱色の絹糸で花糸(かし)が刺されている。細かく平らな金がらせん状に巻かれ、金糸になっている。(リチャード・ホートン撮影)
ドレスの部分。縫い詰められたまばゆい金糸の梅花のうえに朱色の絹糸で花糸(かし)が刺されている。細かく平らな金がらせん状に巻かれ、金糸になっている。(リチャード・ホートン撮影)

さらに金糸の細部を見てみたい。細く平らな金がクルクルとらせん状になっているのがかろうじて分かる。金属であるにもかかわらず、硬そうには見えない。金糸は自在に曲線を描き、花の形にきっちりと納まっている。金属がしなやかな糸になった秘密は一体どこにあるのだろう。

丸撚りによる金糸。芯糸に平箔を隙間なく包むように撚っていく。
丸撚りによる金糸。芯糸に平箔を隙間なく包むように撚っていく。(作図:Neki. inc.)

昔ながらの金糸を求めて

それを知る手がかりとして、京都市北区で金糸の製造・販売をしている寺島保太良(てらしま やすたろう)商店を訪ねることにした。大徳寺や今宮神社にほど近い同店で、代表取締役の寺島大悟さんが朗らかに出迎えてくれた。「うちは明治30年の創業です。ずっと金糸、銀糸を扱ってきました。きものもそうですけど、日本各地のお祭りの神輿や山車の刺繍幕には今も金糸がたくさん使われていますよね。力士の化粧まわしにも。そういう伝統的な装飾の需要は今もずっとあります。ただ、京都で純金を原料とする金糸を扱う店はもうほんの数軒になってしまいました。」

近年、金糸の代わりに、それに似せた「ラメ糸」が量産の主流になるなか、多くの金糸製造者が廃業していった。寺島さんは数少ない金糸の担い手だ。「昔ながらの方法で作る最高級の金糸は本当に手間のかかるものなんです。」古くからの日本の金糸は金箔を細く裁断して芯糸に巻き付けて作る。その工程は細かく分業されているそうだ。そこで工程の幾つかを見せてもらうことにした。

寺島保太良商店の外観。近くには大徳寺や今宮神社、金閣寺といった京都の名所が点在する。
寺島保太良商店の外観。近くには大徳寺や今宮神社、金閣寺といった京都の名所が点在する。(撮影:筒井直子)
寺島保太良商店の金糸。98パーセント前後の純金が使われている。
寺島保太良商店の金糸。98パーセント前後の純金が使われている。(撮影:筒井直子)

和紙と漆——金糸の土台となるもの

最初に訪れた京都府南部の城陽市にある工場は、金糸の姿からは想像もつかないところだった。「これがこの工程での出来上がりです。」そういって見せてくれたのは、茶色く長い一枚の紙だったからだ。工場の二階へ行くと、数メートルにわたり床がぽっかりと空いている。下を覗くとそこは広い室(むろ)になっていて、高さに思わず足がすくむ。

1階が室(むろ)になっており、2階の床が所々空いている。
1階が室(むろ)になっており、2階の床が所々空いている。(撮影:福嶋英城)

「ここでは金箔を貼るための和紙に漆を塗っています。金箔は1万分の3ミリですから、糸にするためには土台となる和紙が必要なんですけど、凹凸があってはいけないんですね。だから和紙の表面をツルッとさせて金箔となじませるのには漆が最適なんです。漆は湿度のある環境で乾くので、こういう室が要るんですよ。」5年の修業を経たという服部さんが缶に入った漆を丹念に混ぜながら話してくれる。「この漆を幅60センチ、長さ125メートルの長い和紙に均等に薄く塗ります。」

聞くと、漆は質感の調整が非常に難しく、塗布が薄すぎると金箔が綺麗にのらず、厚すぎると表面が割れるのだそうだ。さらに漆の状態は温湿度に大きく左右され、それを客観的に測ることは出来ないらしい。全てその日の温湿度を身体で感じ、手の感覚を頼りに漆をどのタイミングと硬さで塗るのかを決めるのだという。

身体に馴染んだ感覚を頼りに漆を調整する。
身体に馴染んだ感覚を頼りに漆を調整する。(撮影:福嶋英城)

「それではこれから塗っていきますね。」空調を切り、全ての窓を閉め、約50年前から動いているという機械にまんべんなく漆を垂らす。するとロール状の和紙が薄茶色に染まってスルスルとはき出されてくる。それを二人掛かりで室のなかに波状に吊っていく。一定の速度で和紙が出てくるため、一時も手を休ませることは出来ない。そして、一点でも和紙の表面がどこかについてしまうと、その1ロールは使い物にならないらしい。

ようやく125メートル分の作業を終えると、「これを丸一日、室で吊って乾かします。そしてあと二回、同じようにして塗り重ねます。」服部さんが玉のような汗を垂らしながら平然とした表情で語る。金糸の素地にこのような工程が隠れていたとは。驚きを禁じ得ない。「金糸の品質を決める大切な仕事なんですよ。」寺島さんが呟いた言葉に深い敬意がこもっていた。

漆を塗った和紙は表面が接しないように細心の注意を払いながら室に吊る。 漆を塗った和紙は表面が接しないように細心の注意を払いながら室に吊る。
漆を塗った和紙は表面が接しないように細心の注意を払いながら室に吊る。
1階の室の様子。ツヤッと光る漆の光沢が美しい。
1階の室の様子。ツヤッと光る漆の光沢が美しい。(撮影:福嶋英城)

金糸完成までの道のりがこれほど果てしなく遠いことを、私たちはこの時まで全く想像すらしていなかった。(次回へ続く)

▼ 寺島保太良商店(てらしまやすたろうしょうてん)
〒603-8246 京都府京都市北区紫野西泉堂町65-2
電話:075-495-7111
http://www.terayasu.com/

(文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第13号 2019年7月発行より)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。 https://www.kci.or.jp/

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