トワル・ド・ジュイ(ジュイの布)/ジュイ=アン=ジョザス(フランス)[前編]

地産街道を行く⑪

取材文・写真/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。

[今回の手がかりとなる収蔵品]

ドレス(ローブ・ア・ラ・フランセーズ)
ドレス(ローブ・ア・ラ・フランセーズ)
1775年(素材:1760年代)
フランス製
京都服飾文化研究財団所蔵 畠山崇撮影

本品は18世紀フランスの典型的な宮廷服「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」。外側のローブ、胸当て部分のピエスデストマ(英:ストマッカー)、内側のスカートにあたるジュップ(英:ペティコート)の三部形式で構成される。本品にみられるアイヴォリーの絹カヌレ(横畝地)に絹ブロケードで花束と毛皮柄が織り出された精巧なテキスタイルは、フランスの高級絹織物の産地リヨンで作られたもの。18世紀のフランス宮廷では絹織物の着用が義務付けられ、豪華さが競われた。

王妃謁見のためのドレス

年間800万人が訪れる世界屈指の観光地、フランスのヴェルサイユ宮殿。この豪華絢爛たる館に焦点を当てた展覧会「ヴェルサイユへの訪問者たち(Visitors to Versailles)」がニューヨークのメトロポリタン美術館で大々的に開催された。本展では、17世紀から18世紀末までにヴェルサイユ宮殿を訪れた人々にまつわる物品や、彼らが目にしたであろう宮殿の調度品、献上品や下賜品の数々が世界中の美術館から集められた。その出展品の見どころの一つが、KCIが所蔵する宮廷服(ローブ・ア・ラ・フランセーズ)だった。

「ヴェルサイユへの訪問者たち」展で展示されたKCI所蔵のローブ・ア・ラ・フランセーズ
「ヴェルサイユへの訪問者たち」展で展示されたKCI所蔵のローブ・ア・ラ・フランセーズ

1775年のある日。この豪奢な絹織物で仕立てたドレスに身を包んだある起業家の夫人、マリー=ルイーズ・ペティノーが夫と共にヴェルサイユ宮殿へ上がったとされる。宮殿の女主人、王妃マリー・アントワネットに謁見するために。どのような用件で赴くに至ったかは定かではないが、マリー=ルイーズ・ペティノーは緊張の面持ちだったに違いない。なにしろ王妃とは身分がかけ離れている。しかしながら王妃と彼女はある服飾品を介して縁が結ばれていた。当時、ヨーロッパ各地で大流行していた綿布、トワル・ド・ジュイだ。

多彩かつ鮮やかなプリント綿布、トワル・ド・ジュイ

トワル・ド・ジュイ製の18世紀末のペティコート(部分) 京都服飾文化研究財団所蔵
トワル・ド・ジュイ製の18世紀末のペティコート(部分) 京都服飾文化研究財団所蔵

トワル・ド・ジュイとは木版や銅版によって動植物などのプリントが施された綿製の生地の総称で、18世紀中期にヴェルサイユ近郊の小さな街、ジュイ=アン=ジョザスで興ったことにより、こう呼ばれるようになった。この生地の魅力は、多彩かつ鮮やかなプリントの文様、そして綿布の薄さと丈夫さにあり、プリント工場が設立された当初はわずか5名だった従業員が、19世紀初頭の最盛期には1300人以上になるまでに成長したというのだから、その隆盛ぶりがうかがえる。王妃マリー・アントワネットはこのトワル・ド・ジュイをことのほか気に入り、様々なドレスに仕立てたという。そして、この工場をジュイ=アン=ジョザスに設立した人こそ、マリー=ルイーズ・ペティノーの夫、クリストフ=フィリップ・オーベルカンプだったのだ。王妃はオーベルカンプ夫妻との会見で、自分好みの図柄をあれこれ伝えたのかもしれない。想像が膨らむ。

現在、トワル・ド・ジュイについての全貌は、フランスにある「トワル・ド・ジュイ美術館」で知ることができる。今年の晩夏、同館を訪れる機会をえた。

パリから電車で南西に約40分、ヴェルサイユ宮殿からは直線距離で4㎞ほど南東に位置するジュイ=アン=ジョザスは、緑豊かな静かな街だ。小さな家々が並ぶ集落の外れに、かつてのグランティヌ城を改装した美しい館「トワル・ド・ジュイ美術館」が佇む。ここには現在、生地見本や版木など7000点が収蔵されており、工場の創業時から繁栄時、そして終焉までの過程が時代を追って紹介されている。

ヴェルサイユ近郊の街、ジュイ=アン=ジョザスはパリから電車で約40分に位置する。(地図作成:坂田佐武郎(Neki. inc.))
ヴェルサイユ近郊の街、ジュイ=アン=ジョザスはパリから電車で約40分に位置する。
(地図作成:坂田佐武郎(Neki. inc.))
グランティヌ城を改装したトワル・ド・ジュイ美術館。前庭には季節の花やハーブが植えられ美しく手入れされている。
グランティヌ城を改装したトワル・ド・ジュイ美術館。前庭には季節の花やハーブが植えられ美しく手入れされている。

ドイツ人プリント技師オーベルカンプ、ジュイ=アン=ジョザスへ

クリストフ=フィリップ・オーベルカンプ[1738–1815]
クリストフ=フィリップ・オーベルカンプ[1738–1815]
ドイツ生まれのオーベルカンプは1774年、卸売商人の娘、マリー=ルイーズ・ペティノーと結婚。1790年にはジュイ=アン=ジョザスの初代市長に選出された。

オーベルカンプがこの地で工場を創設したのは1760年。代々、ドイツでプリント業を営んでいたオーベルカンプは、フランスからプリント産業再興の命を受け、ヴェルサイユにほど近いこの地にたどり着いた。というのも、17世紀初頭から続くインド原産のプリント綿布「インド更紗」の大流行を受け、フランスは自国の絹や麻、毛織物産業を守るために17世紀末から18世紀半ばまでインド更紗の輸入および模造の生産、着用の禁止令を出すまでになったが、そのせいでフランスのプリント技術は各国に遅れをとっていた。そこでオーベルカンプに白羽の矢がたったのだった。このときオーベルカンプは弱冠22歳。かくして、トワル・ド・ジュイの歴史の幕が開かれた。(次回へ続く)

[訪問した美術館]
トワル・ド・ジュイ美術館 (Museé de la Toile de Jouy)
54, rue Charles de Gaulle, 78350 Jouy-en -Josas, FRANCE
http://www.museedelatoiledejouy.fr/

(文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第11号 2018年11月発行より)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。 https://www.kci.or.jp/

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