浜ちりめん/長浜(滋賀)

地産街道を行く⑩

文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)
写真/福嶋英城(京都服飾文化研究財団)

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。

浜ちりめんとの出会い----森英恵のドレス

鮮やかな朱色の縮緬地に、色とりどりの大輪のダリアが勢いよく咲き誇る。生地から飛び出しそうなほどの大胆なその意匠は、洋花ではあるものの、どこか日本の菊花を感じさせる。和と洋が混在したような、不思議な佇まいだ。このドレスが制作されたのは1960年代半ば。戦後復興を経て、ようやく洋装文化があらゆる世代に浸透をし始めた日本から、ファッション大国アメリカに向けて洋服をいち早く発信したデザイナー、森英恵の作だ。

森英恵(もり はなえ) ドレス 1966年秋冬
森英恵(もり はなえ)
ドレス 1966年秋冬
京都服飾文化研究財団所蔵 金井純氏寄贈 畠山崇撮影

朱色の絹縮緬にダリア柄を捺染したワンピース・ドレス。シボの高い縮緬が使用されており、高級な着物の雰囲気を醸し出している。1951年、新宿に洋裁店「ひよしや」を開いた森英恵[1926-]は映画衣装を手掛けるなどして名声を高め、54年に銀座に「ハナヱ・モリ」を開店。65年、ニューヨーク・コレクションで作品を発表。縮緬、紬、帯地といった日本の伝統的な生地を使い、高い評価を受けた。77年にはアジア人として初めてフランス・オートクチュール協会に会員として認められ、パリ・オートクチュール・コレクションに初参加した。
ドレスの衿元。細かいシボが豊かな陰影を作る。(撮影:成田舞(Neki. inc.))
ドレスの衿元。細かいシボが豊かな陰影を作る。(撮影:成田舞(Neki. inc.))

その挑戦は彼女の苦々しい体験からスタートした。60年代初頭、既に国内では既製服と映画衣装で名を上げていた森は、初の渡米時にあるデパートの地階で「ワンダラー・ブラウス」という粗悪な服を目にした。安っぽい生地で作られたその品々は「メイド・イン・ジャパン」を売り文句にしていた。当時、日本製の服といえば廉価品の代名詞だったのだ。安物扱いの日本製品を品質で見返したい、日本には上質なものづくり文化があるのだから―。そんな熱い思いを胸に帰国した森は、精力的に日本各地の生地の産地を訪ね歩いた。そのなかで出会った素材のひとつが、滋賀県長浜市の縮緬だった。絹織物特有の高級な重厚感があり、光沢も美しく手触りがいい。「これだ!」と直感した。

かくして、日本各地の伝統的な生地を用いた洋服を携え、森はアメリカ進出を果たす。65年1月のニューヨークでのショーは大成功を収め、『ヴォーグ(米)』誌は「EAST MEETS WEST(東洋と西洋の出会い)」と評した。日本製品の品質のアピールに成功した森は、それ以降も縮緬による作品をコレクションに度々登場させ、縮緬は森が得意とする素材のひとつとなった。

縮緬とは生地の表面に凹凸のシボがある絹織物の名称で、中国発祥といわれている。16世紀後半に堺の職工が明から技法を学び伝えたことを契機に京都西陣で生産が盛んになり、その後、全国に広がった。特に丹後、長浜、岐阜、新潟、福井、桐生、石川で発展し、各地の気候風土に根差した縮緬が織られた。このような幾つもの産地があるなかで、森が魅せられた長浜の縮緬とは一体どのようなものだろうか。五月初旬、西に琵琶湖、東に伊吹山を眺めながら、湖北に位置する長浜へと向かった。

浜ちりめん工場を訪ねて

長浜は羽柴秀吉が初めて城持ち大名となって築いた城下町で、江戸時代には北国街道の宿場町として栄えた歴史ある街だ。また市街地周辺には姉川の合戦の地や浅井長政の居城、小谷城などの史跡が数多く点在する。人とモノが行きかったこの地において、縮緬の生産は1750年頃には始まっていたと伝わる。現在では高級着物用の生地が製造の中心を占めている。

古い町並みが残る長浜市中心部。北国街道の宿場町として繁栄した。
古い町並みが残る長浜市中心部。北国街道の宿場町として繁栄した。

長年、長浜市内で絹織物業を営んできた有限会社𠮷正織物工場を訪ね、𠮷田和生社長からお話を伺うことができた。「長浜の縮緬は《浜ちりめん》といって他の産地のものと区別されます。他の縮緬と比べますと、糸製作の段階で細かな工夫をするのがここの特徴なんです。現在では、その工夫を活かしてシボや風合いが異なる30種類を超える浜ちりめんを作り出しています。また、糸製作から織りあげまで一社で一貫生産しているのも他の産地との違いですね。」縮緬の特徴である生地表面のシボは、撚りの無い、もしくは撚りが少ない経糸と、強い撚りをかけた緯糸を交差させて織り、緯糸が元に戻ろうとする力によって独特の凹凸を生じさせている。数多ある織物のなかでも、特殊な製法をもつ織物のひとつだ。

「浜ちりめんの製造には「糸繰り」「整経」「撚糸」「製織」「精練」など、細かく分けると38もの工程があります。白生地になるまでは約2か月近くかかりますね。」と言いながら𠮷田さんが出来上がった生地を大事そうに手に取る。

出荷前の製品。経糸と緯糸の加工の仕方で出来上がりのシボの太さや高さが大きく変わる。
出荷前の製品。経糸と緯糸の加工の仕方で出来上がりのシボの太さや高さが大きく変わる。

こうした複雑な工程と長い時間を要する縮緬の生産は、着物の出荷量がピークを迎えた1970年代前半を境に減少をはじめた。しかし、𠮷正織物工場では浜ちりめんを守ろうと、温湿度の変化に左右されない縮みにくい製品を開発するなど刷新を図ってきたのだという。「浜ちりめんは緯糸の製作に特徴があるんですけど、うちでは経糸にも他社にはない工夫を凝らしているんですよ。」まずは経糸製作場を見せてもらうことにした。

経糸(たていと)と緯糸(よこいと)----交差する複雑な工程

(図作成:坂田佐武郎(Neki. inc.))
(図作成:坂田佐武郎(Neki. inc.))

糸が巻かれた無数のボビンが所狭しと足元に並ぶ。「これは「ワク立て」という工程です。夏向けの薄い浜ちりめん用にセットしています。何気なく置いているように見えるでしょうけど、これを編み出すのに2年間苦労しました。」経糸の本数や長さ、幅を整える「整経」が経糸製作の要となるが、その前作業にあたるこの「ワク立て」の組み合わせも生地の風合いを左右する重要な一工程になるという。料理でいうなれば、出汁の配合といったところか。「他社も真似をしたがりますが、なかなか実現できないようですよ。」と、𠮷田さんの顔に自信の笑みがうかんだ。

「ワク立て」の工程。これら数百のボビンから糸を集め、経糸を「整経」する。本写真は定番の「ワク立て」
写真① 「ワク立て」の工程。これら数百のボビンから糸を集め、経糸を「整経」する。本写真は定番の「ワク立て」

次に案内されたのは浜ちりめんの持ち味を生み出す緯糸製作場だ。「緯糸に強い撚りをかけるための仕掛けがあちこちにあります。」そこは先ほどの経糸製作の乾燥した室内とは違い、作業場中のあちこちで豊富な水が音を立てて流れていた。「撚りをかける前に、まず糸自体を強くするため糸を煮て糸同士を接着させるんですよ。」𠮷田さんが大きな釜の蓋を開けて中を見せてくれた。

もともと絹糸の表層にはセリシンと呼ばれる成分があり、煮ることでそれが柔らかくなり接着しやすくなる。釜内の温度や時間調整のダイヤルを触りながら「浜ちりめんはね、セリシンをいかに扱うかが腕の見せ所なんです。仕上がりの良し悪しや個性が決まる大切な作業です。」と𠮷田さんの目の輝きが増す。この「緯煮き(ぬきたき)」と呼ばれる糸の煮方が独自のレシピらしい。そのほど良い頃合いは𠮷田さんの頭のなかにある。

絹糸を熱水で煮る「緯煮き(ぬきたき)」の工程
写真② 絹糸を熱水で煮る「緯煮き(ぬきたき)」の工程(写真提供:𠮷田和生氏)

そして、さらにその後には重要な糸撚りの工程がまっている。これは「八丁撚糸」といって、強く撚る糸が切れないようにちょろちょろと水を掛けながら撚っていく工程だ。何十本も並んだ管のうえに澄んだ水が流れる様が何とも美しい。伊吹山の地下水と琵琶湖の豊富な水が浜ちりめん作りを支えている。縮緬がこの地域に根付いた理由のひとつを知った。

「八丁撚糸」の工程。糸が切れないように水を掛けながら糸を撚っていく
写真③ 「八丁撚糸」の工程。糸が切れないように水を掛けながら糸を撚っていく(写真提供:𠮷田和生氏)

1メートルあたり三〜四千回転もの強い撚りがかけられた糸は、さらに他の糸と合わされて撚糸になる。そしてカベ糸と呼ばれる糸を合わせ、再び撚りをかけるのだという。気の遠くなるような糸の加工が経糸、緯糸のそれぞれ全く別の工程で行われ、ようやく織機での製織工程へと移っていくことになる。「織り上がった後は、別の場所で「精練」という作業をします。まだ絹糸にセリシンが残っているので、アルカリ石鹸を溶かした軟水のお湯でぐつぐつ煮込んでそれを取り除くんです。そうすることで撚りが戻りシボが生まれて、生地はより滑らかになるんですよ。」𠮷田さんの手の中にある白生地は、琵琶湖の穏やかな水面のように細かなさざ波を立てながら艶々と光っていた。

八丁撚糸とカベ糸を合わせ、緯糸を作る「上撚り:合撚機」の工程
写真④ 八丁撚糸とカベ糸を合わせ、緯糸を作る「上撚り:合撚機」の工程
「製織」の工程。経糸と緯糸を織機で織り上げていく
写真⑤ 「製織」の工程。経糸と緯糸を織機で織り上げていく
織りあがった生機(精練する前の生地)を検査する。見落としのないよう4度行っている。
写真⑥ 織りあがった生機(精練する前の生地)を検査する。見落としのないよう4度行っている。

高品質の浜ちりめんを守る

かつて縮緬製造で活況だった長浜の織物会社は今では数社に数を減らし、縮緬の出荷量も縮小した。それでも𠮷田さんは一貫生産にこだわり、14名の従業員とともに繊細な作業に勤しむ。「今年はフランスのある有名なスカーフのブランドから浜ちりめんをぜひ使いたい、という依頼がありましてね。」近年では海外からの引き合いも多いという。18世紀初頭、縮緬の技法は中国から西洋に伝わり、クレープと呼ばれる上質な生地が織られてきた。しかし、日本の縮緬のようにシボが緻密で均質なものは今でも実現が難しいようだ。

「日本の縮緬は上質です。そして国内の数ある産地のなかで、長浜は高品質なものだけに特化してきました。その確かな品質が海外からも評価されている所以なのでしょうね。」五十数年前、森が探し求めた高品質な生地は、この長浜で出会うべくして出会ったのだった。そしてその上質なものづくり文化は引き継がれ、今もなお「EAST MEETS WEST」の出会いは続いている。

[取材にご協力いただいた企業、団体(敬称略)]
▼ 有限会社 𠮷正織物工場
〒526-0014
滋賀県長浜市口分田町629
TEL:0749-62-1790
http://www.yoshimasa-orimono.jp/

《参考文献》
森英恵『グッドバイ バタフライ』 文藝春秋 2010年
島根県立石見美術館編『HANAE MORI HAUTE COUTURE 森英恵 仕事とスタイル』島根県立石見美術館 2015年

(文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第10号 2018年7月発行より)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。 https://www.kci.or.jp/

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