トップ 服をめぐる / BEAUTY 【地産街道を行く⑧】貝ボタン/奈良

服飾の歴史や文化へ誘う、京都服飾文化研究財団(KCI)広報誌より

服をめぐる

2019年12月11日

文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)
写真/福嶋英城(京都服飾文化研究財団)

BEAUTY

【地産街道を行く⑧】

貝ボタン/奈良

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。

江戸時代末期の1867年。片山淳之助こと福澤諭吉は著書『西洋衣食住』(※)でボタンの扱いに四苦八苦する様子を書き記している。とくに用を足し終えた時は厄介で、

―ウシロノボタンハ手サグリニテ掛ルコトユヘ衣服ニナレザル間ハ甚ダ不便利ナリ―。

「後ろのボタン」とはズボンとサスペンダーを留めるためのボタンのことのようだ。本書を著すまでに渡米、渡欧を重ね、西洋文化に親しんだ諭吉でさえ、洋服の着かたには手を焼いていた。無理もない。日本では長い間、着物の留めや締めには帯や紐を用いてきたのだから。
(※本書は、慶應義塾生の片山淳之助の名を用いて福澤が著したとされる。)
ドレスを飾る南洋の輝き
ヨーロッパの衣服に目を向けてみよう。緩やかな形の衣服が主流だった中世後期を過ぎると、衣服は身体に合わせた細身のスタイルへと変化した。狭くなった身幅は、着脱に不可欠な開口部とそれを留め合わせるための穴とフックを必要とした。フックになるものは紐でも鉤爪でもいいのだが、次第に実用性と装飾性が求められていくなかで14世紀ごろからボタンの使用が盛んになっていく。素材は木や動物の骨、角、牙をはじめ、18世紀ごろにはメタル、ガラス、金糸銀糸や絹糸で刺繍したものなど、装飾性豊かなものが登場した。

とりわけ18世紀から19世紀にかけて急速に人気を得たのが貝殻の内側から削り出された貝ボタンだった。KCIが所蔵する1882年頃に作られたヨーロッパ製のドレスにも、南洋の貝殻からできた淡く輝く貝ボタンが付いている。職人たちは遥か遠い南の海への憧れを込めてボタンに加工したのだろうか。ロマンを感じる。 デイ・ドレス 1882年頃 ヨーロッパ デイ・ドレス 1882年頃 ヨーロッパ
京都服飾文化研究財団所蔵 成田舞(Neki. inc.)撮影
南洋の貝殻からできた貝ボタン。表面に模様が刻印されている。 南洋の貝殻からできた貝ボタン。表面に模様が刻印されている。
日本製の貝ボタンを求めて
さりとて、これはヨーロッパに限った話ではない。日本で貝ボタンを製造している主要産地は、奈良県川西町。海から遠く離れた近畿の内陸地なのだ。なぜこの地で貝ボタンの製造が盛んになったのか。稲穂が垂れる初秋の田園地帯を抜け、県北部に位置する川西町を訪れた。

貝ボタンの製造で国内シェアの約半分を占める株式会社トモイは、大正三年(1914年)に創業した老舗だ。創業当時の日本は、赤レンガ造りの東京駅やルネサンス様式の帝国劇場が落成するなど街並みが西洋風へと様変わりし、衣服も男性服や子供服を中心に洋装化が進もうとしていた。ボタンは洋装に不可欠な部品として徐々に需要が増し、貝ボタンはその主流となった。

3代目の社長の伴井比呂志(ともいひろし)さんが日本における貝ボタン製造の歴史を話してくれた。「製造技術は明治の半ばごろにドイツ人技師によって伝えられました。最初は神戸へ、そして大阪から奈良へ伝わったと聞いています。ここ、川西は6つの川が流れていて、大阪との河川舟運の要所だったので、産地にも適していたんでしょうね。」支流は大和川に合流し、大阪湾へと注ぐ。明治時代後期、川西のある商人が貝ボタンに商機を見出し、地の利を活かして製造を始めたところ、徐々にこの地域で広がったのだという。昭和の半ばには最盛期を迎え、町内の唐院という地区で製造に従事していた人は400世帯のうち300世帯にものぼったらしい。

「最近はポリエステル製のボタンが増えたので、貝ボタンの製造者はずいぶん減りました。国内でやってるのはもう3~4軒くらいでしょうね。うちは今も社員15人で貝ボタンをせっせと作っています。」創業から103年。伴井さんはその間に渡伊して技術を学び、研鑽を積んできた。 原料となる様々な南洋の貝 原料となる様々な南洋の貝 貝ボタンの見本帳。 定番品で6万種類を数える。 貝ボタンの見本帳。 定番品で6万種類を数える。 「貝ボタンは大きさの大小も数えると、定番品で6万種類ほどあるんですよ。」見本帳にずらりと並んだ貝ボタンは、どれも深みのある艶々した光沢を放っている。見る角度によってオーロラの色合いに変化する様がなんとも美しい。

「原料となる高瀬貝(たかせがい)、白蝶貝(しろちょうがい)、黒蝶貝(くろちょうがい)はインドネシアやパプアニューギニアで採られます。これらの貝殻から丸くくり抜いた上質なものを輸入して、うちで加工するんです。」原料の貝殻は巻貝や二枚貝で、日本ではあまり見られないような大きいものもある。どれもいびつで厚さもさまざま、一つとして同じものはない。こうした天然素材から均質なボタンの形になるまでに、どのような工程をたどるのだろうか。
ハイテク技術と職人の勘が生む小さな煌き
「作業の様子をお見せしましょう。」と伴井さんに促され、貝の粉で一面真っ白になった工場へと足を踏み入れた。あちこちの機械が重々しい音をたてながら動いている。そのなかに小さな丸い貝が一つずつ上向きにセットされ、くるくると回転している機械があった。「これは窄孔(さっこう)といって穴を開けているところです。」ボタン加工は主に10工程(図A)あり、窄孔はその中程だという。貝の上を鋭い針が規則的かつリズミカルに上下に動き、あっという間に4つの穴ができていく。

「硬い貝に穴を開けるので、常に針を程よく研いでおかなければなりません。職人はこうした道具を自分達で作っているんですよ。」機械の周りを見渡すと、様々な形の刃物が数多く並んでいる。これらは貝の種類やボタンのデザインによって使い分けるのだという。機械化された工程であっても、そこかしこで職人の技や長年の勘がその工程を支えているのだ。 図A:ボタン加工の主な工程 図A:ボタン加工の主な工程 図A:ボタン加工の主な工程(図作成:坂田佐武郎(Neki. inc.)) 両面を削った後のボタン。この後、穴が開けられる。 両面を削った後のボタン。この後、穴が開けられる。 ボタンを1つずつ機械にセットし、穴を開ける。 ボタンを1つずつ機械にセットし、穴を開ける。 「模様や文字の刻印の注文も多くて、このレーザー彫刻機で刻印していきます。」シュー、パチパチという小さな音をたてて、みるみるうちに文字が刻まれる。「文字を残してそれ以外の部分をレーザーで焼くものもあります。」わずか直径1センチほどの小さなボタンの表面にブランドの文字が整列しているのを見ると、特別で贅沢な気分になってくる。どんな服に付けられるのだろうか。想像が膨らむ。 レーザーで焼いて、模様や文字を刻印する。 レーザーで焼いて、模様や文字を刻印する。 これで完成かと思っていると、次に「艶出し」と「磨き」工程の作業場に案内された。さっきまでの機械を配置した部屋とは違い、木桶やザルが並んだ部屋はさながら昔の農家のようだ。「艶出しのために、この木桶にボタンと熱湯と数滴の薬品を入れて約1時間回転させて、その後に磨き加工をします。ロウをつけた籾とボタンを一緒に入れて1時間ほど回転させるとサラサラのボタンになるんです。出来上がったボタンを触ってみてください。」桶いっぱいに入ったピカピカのボタンのなかに手を入れて掴もうとすると、手からスルスルとボタンが滑り落ちていく。

「かつては麦やスイカの種で磨いたこともあったそうなんですけどね、僕は籾がいいと思うんですよ。この辺りは米どころですしね(笑)」服や手に引っかからず、するりとボタンホールをくぐる貝ボタンはこのような手間のかかる工程を経ていたのだった。「そうだ、あのカーディガンのボタンを貝ボタンに取り換えよう。」小さきものへの愛着を感じながら、川西町をあとにした。 ロウをつけた籾とボタンを入れて、 約1時間回転し、表面を磨く。 ロウをつけた籾とボタンを入れて、 約1時間回転し、表面を磨く。 高品質な貝ボタンが生み出されていく。 高品質な貝ボタンが生み出されていく。 福澤諭吉がボタンに苦心していた時から150年の月日が過ぎ、今ではボタンを一つも掛けない日がないくらい日常に根付いている。そして昨今はボタンだけでなく、ファスナーやスナップ、ベロクロなど、より利便性の高いものの使用がますます広まってきた。しかしシャツやジャケットの真んなか、袖口の端には、やはりボタンが似合う。そして、数百年ものあいだ職人の手を介し、小さく静かにその存在を輝かせてきた貝ボタンには、他には代えがたい温かい趣きが漂っているように思う。 (文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第8号 2017年11月発行より)
京都服飾文化研究財団(KCI)

京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。
https://www.kci.or.jp/

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