トップ 服をめぐる / BEAUTY 【地産街道を行く④】レース【福井市】

服飾の歴史や文化へ誘う、京都服飾文化研究財団(KCI)広報誌より

服をめぐる

2019年6月12日

文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)
写真/福嶋英城(京都服飾文化研究財団)

BEAUTY

【地産街道を行く④】

レース【福井市】

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。 緻密な文様のボビンレース(18世紀)。素材は麻が主流だった。 緻密な文様のボビンレース(18世紀)。素材は麻が主流だった。
© 京都服飾文化研究財団 成田舞撮影
今夏、女性のファッションで目を引くもののひとつが多種多様なレースだ。白く繊細な花文様は少女のような愛らしさを、肌を透かす黒い網目は大人の色気を思わせる。純真から妖艶まで、レースのもつイメージは女性の多面性を見ているかのようだ。現在、女性のアイテムの筆頭であるレースは、かつての西洋ではとりわけ男性に好まれた時代があった。17世紀の肖像画を見てみよう。裕福で勇ましい甲冑姿の男性の首元には、純白のレースでできた襟が誇らしげに輝いている。現代の私たちから見ればいささか意外な取り合わせに思えるが、当時のレースは華美な装飾を好む「男らしさ」の象徴でもあったのだ。レースは今も昔も、老若男女を魅了してやまない。

16世紀半ば、イタリアやフランドル地方で興った現在のレースの原型は、たちまち欧州各地に広がり、産地特有の文様を形成していった。当時のレースの代表的な技法は、縫い針と糸で作られるニードルポイントレースと組み紐の技術を用いたボビンレースの二種類に大別される。いずれも麻の製糸技術や漂白技術に優れていたフランドル地方やフランス北部を中心に発展し、手工レースはますますその繊細さが競われるようになっていく。17世紀末にはフランスが欧州の市場を支配し、18世紀にかけて贅を凝らした見事なレースを数多く生み出した。その価値は時に宝石をも凌いだという。 KCIが所蔵する18世紀のレース。ドレスの襟や袖口を飾った。 KCIが所蔵する18世紀のレース。ドレスの襟や袖口を飾った。
© 京都服飾文化研究財団 成田舞撮影
莫大な時間と手間を要する緻密なレースの生産は、19世紀になると他の繊維産業と同じく人の手から機械へと移行していく。手業の集積をいかに機械で実現するか、そこに欧州各地で心血が注がれた。レース熱は止むことなく、なおも広がり続けた。

時代が下り、20世紀初頭。日本では洋装の普及とともにさまざまな洋装品の生産が各地で興り活況を呈し始めた。レースはとりわけ戦後に生産が拡大していく。
なかでも福井市は織物の産地として広く知られた街だ。明治時代には絹織物の羽二重、大正時代はレーヨン織物、そして近年では合成繊維の開発が進み、世界有数の合成繊維織物の産地となった。

この織物の街に国内外のファッションデザイナーからの注文が絶えないレース工場があると聞き、訪ねることにした。現代のデザイナーを惹きつけるレースとは一体どのようなものなのだろう。

福井市の中心地から南へ4㎞、足羽川の堤防を下ったところにその「双葉レース株式会社」がある。大正12年に創業した同社は当初、布帛を製造していたが、昭和30年代後半にレース編み機を導入し、以降、生産体制をラッセルレースという機械レース中心に据えている。社長の川下晴久さんが出迎えてくれた。「今のレ―スは8割以上が海外からの輸入です。」最盛期には100数社ものレース工場が福井や石川地方にあったという。今はその大半が廃業か海外へ移ってしまったそうだ。「私たちがここで作っているレースの糸の多くは、天然繊維なんです。」現在、世の中に流通するレースのほとんどは合成繊維で作られている。レースのような複雑な編み柄は、強度があって引っかかりの少ない合成繊維が大量生産に適している。しかし双葉レースはその逆をいく。「国内外のレースメーカーさんの大半は、合成繊維でカーテンや下着を作っていますが、うちはアウターウェア用のものを天然繊維で手間と時間をかけて作っています。こんな非効率なものは他では作りませんよ。」 工場では様々な注文に応じたレースが編まれている。天然繊維のレースの製作は埃とりなど頻繁に機械のメンテナンスをしなければならない。 工場では様々な注文に応じたレースが編まれている。天然繊維のレースの製作は埃とりなど頻繁に機械のメンテナンスをしなければならない。 その機械を見に、工場のなかを案内してもらった。16台の編み機がガシャガシャと大きな音をたてている。「これは昭和40年代の機械です。天然繊維のレースはこういう機械でしか編めません。」新しい機械は高速に編むため、合成繊維の細糸を対象としているが、この機械は糸の太さや風合いに合わせて微妙に調整することができるという。特に天然繊維は毛羽立ち、絡みやすい性質があり、時々調整をしながら稼働する必要があるのだ。約900本のウールや綿の糸で編みあがっていく出来立てのレースは、ふんわりと柔らかそうで温かみがある。合成繊維のキラリと張りのあるレースのイメージとは少し違う印象だ。 チェーン状に繋げられたパーツ。 チェーン状に繋げられたパーツ。 100種類ものパーツを組み合わせる。 100種類ものパーツを組み合わせる。 工場の一角に油で光る小さな鋼で溢れた部屋があった。「レースの柄はこれら100種類近くあるパーツを用いて作ります。」高さや幅が微妙に違うパーツの組み合わせが機械のなかで糸を送り出すコントローラーとなる。柄はこの組み合わせ次第で無限にできるという。きめ細やかなレースのデザインがこの1ピース1ピースから出来上がっていると思うと、硬く無機質な鋼がとても愛おしく思えてくる。「こんなレースが欲しい、というデザイナーの要望に応えていきたいと思っています。」今シーズンではある有名米国人デザイナーが綿100%のレースを発注していったという。「コンピューターでは出来ないものを作りたい。」という川下さんに、今、多くのデザイナーが信頼を寄せいている。 柔らかく繊細なレースは双葉レースの特徴。 柔らかく繊細なレースは双葉レースの特徴。 かつてレースは産地を代弁していた。それは文様であり、人々の創意や気質だった。そして生み出されたレースの魅力はその細やかさだけでなく、麻や絹特有の有機的な美しさにあったのではないか。だとすれば、双葉レースはその本質を今も引き継いでいることになる。数百年の時間と国の隔たりを超え、レースの糸はどこかで繋がっているのかもしれない。 (文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第4号 2016年7月発行より)
京都服飾文化研究財団(KCI)

京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。
https://www.kci.or.jp/

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