トップ 湯山玲子の「人間はカラダだ!」 / BODY / HEART 【特集/神秘なるホルモン】いつまでも、あると思うな、親とホルモン

生きるためのボディ&ソウル。鍛えれば、人生きっといい感じ

湯山玲子の「人間はカラダだ!」

2015年4月 8日

文/湯山玲子
イラスト/腹肉ツヤ子

BODYHEART

【特集/神秘なるホルモン】

いつまでも、あると思うな、親とホルモン

いつまでも、あると思うな、親とホルモン
だれもが経験する2回の「○○期」
人間はその一生において、二度、ホルモンによる心身の大変化を体験する。
第一回目は第二次性徴期である「思春期」。女の子ならば、胸が膨らみ、生理が始まり、男の子ならば、声変わりをし、精通を経験するなどの身体変化は、みな脳の脳下垂体から性腺刺激ホルモンがドバーッと出ることによって、遂行される。もうひとつは、「更年期」。今度は今まで出続けていた、ホルモンが男女ともに低下していくことから、女性も男性も更年期障害といわれる、心身の不調を体験するのだ。
このホルモンのパワーというものは、とてつもないものだ。まずは「思春期」。性的なエネルギーがどんどん内側から突き上げてくるのにもかかわらず、社会的には性的ではあってはいけない存在を生きなければならないこの時期、一般的には部活の激しい練習などでそれらを発散させるわけだが、それでも有り余るチカラは、この時期いろんな「おかしなこと」に放出していたような気がする。
思春期ホルモンのあふれと愚かさ
今でも思い出すのが、中学生のときに流行った「罰ゲーム」の数々。トランプの大貧民に負けると、みんなからしっぺを食らう、ぐらいのルールが、どんどんエスカレートして、行き着いたのが、「ヘウって知ってますか?」という恐るべき罰ゲームだった。それがどういうものかと言えば、ゲームの敗者は、ハワイのトーテムポールを捧げもって外に駆け出し、最初に出会った通行人に「ヘウって知ってますか?」と唐突に質問しなければならないのだ。ちなみになぜ、トーテムポールだったのかと言えば、白熱トランブ合戦の狂乱は、とてもとても放課後だけでは収まらず、とある男子生徒の家に移動してなされていたわけで、その賭場である(別にお金はかけていないが)応接間に飾ってあったのが、木彫りのそれだったのである。
いきなり、トーテムポールを持った中学生が住宅街の夕暮れの道に現れ、出会い頭にそんなことを言われる通行人のみなさんの恐怖は、とんでもないものだった思うが、私たちはその様子を物陰から見ていて、呼吸困難になるほど笑ったものだった。『ジャッカス』という、子どものいたずらレベルのものを大の大人が危険を顧みず行う、というアメリカのテレビ番組・映画があるが、後年それを観たときに、私は思春期のホルモンの「あふれ」が爆発したあの罰ゲームを思い出したものである。そんな話を飲み会で披露したら、ある人は「こっくりさんをやったら、そこにいる女子生徒全員が奇声を上げて踊り出した」というこれまた思春期の思い出を話してくれた。彼女も踊ったらしいのだが、不思議に気持ちは冷静で、そのここちよいトランス狂乱状態に身を任せていたというのだから、興味深い。
さて、更年期を乗り切るために
それと対称的なのが「更年期」である。性的なエネルギーがどんどん身体から抜けていくということは、すなわち、人生から「衝動的」が抜け落ちるのである。最もわかりやすい例で言えば、恋愛関係。「ビビッときた」という松田聖子の名言感覚があるが、その身体的で合理的な理由のない「突き上げ」が、すでに過去のものになってしまうのである。だからこそ、中高年の恋愛は、過去、ホルモンが身体を駆け巡っていたときの残像をどれだけ記憶し、また、再生できるかが鍵となる。
人間の幸福を考えるのに、ホルモンは非常に重要な位置を占めると切に思う。「いつまでも、あると思うな親とホルモン」。そういう感じが似つかわしい。

ゆやま・れいこ 著述家、ディレクター。自ら寿司を握るユニット「美人寿司」、クラシックを爆音で聴く「爆音クラシック」を主宰するなど、カルチャー界を牽引。著書に『四十路越え!』(ワニブックス)、上野千鶴子氏との共著に『快楽上等! 3.11以降を生きる』(幻冬舎)がある。

構成/本庄真穂

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