トップ 美の流儀 / HEART 【番外編/学びと美を考える】暮らしの中でかすかな変化を感じて

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美の流儀

2016年10月12日

語り/篠原資明(京都大学名誉教授・高松市美術館 館長)

HEART

【番外編/学びと美を考える】

暮らしの中でかすかな変化を感じて

「美」をコンセプトにした学びの場、ワコールスタディホール京都と連動した美の流儀【番外編】。今回は、日本の「さび」文化と美の関係を、京都大学名誉教授の篠原資明先生にお聞きしました。 篠原資明先生 ――篠原先生の講座テーマである「さび」は、一般には「古い味わい」や「寂しさ」といった意味で使い、「侘び寂び」を思い浮かべます。先生は、どのように「さび」をとらえているのでしょうか。

「さび(寂び)」というと、すぐに「侘び寂び」を思い浮かべる方が多いでしょうが、それは茶人の世界で使われていたもので、実際にはそれだけではありません。「きれいさび」「ひえ(冷え)さび」、また私の造語ではありますが「まぶさび」と、いろんな「さび」の感覚があります。

歴史上でも、一種のアバンギャルドで新しい「さび」を表現していた人はいました。室町時代の僧侶であり連歌師でもあった心敬(しんけい)は、「氷ばかり艶なるはなし」と、氷や水の透き通るような美しさを唱えていました。水も氷も元は同じものですが、水は無常で移ろいやすさを表し、氷は動かない永遠性の象徴。そこに彼の美学である「ひえさび」があり、華やかだった王朝美学に対しての、アンチテーゼでもありました。また、江戸初期に茶人・建築家・作庭家として活躍したマルチアーティスト小堀遠州(こぼりえんしゅう)が求めたのは、「きれいさび」でした。遠州は、平安期の雅びな王朝文化から「きれい」を、千利休(ともに歌人・茶人)から「さび」をとり、「きれいさび」を茶の特徴としました。また、遠州趣味による庭園は、大徳寺孤篷庵、二条城の庭園、桂離宮などに残されています。 篠原資明先生 ――そして、先生が提唱されている「まぶさび」ですが、これはどのようなものをさすのでしょうか。

「まぶさび」とは、「まぶしさ」と「さびしさ」を掛け合わせた造語です。「透き通ったもの」「まばゆさ」などの美的感性を「さび」の心で受け止めようというものです。洋の東西を問わず、現代アートにはこのような作品が増えているような気がします。

代表的なものに、フランス生まれのマルセル・デュシャンの、通称『大ガラス』(1915-1923年)と呼ばれる作品があります。大きなガラス板で挟んだアート作品なのですが、かつて事故に見舞われガラスにヒビが入ってしまったのです。ところが、デュシャンはこのヒビが面白いと言って、そのまま生かし、フィラデルフィア美術館では、作品の向こう側にガラス窓、さらにその先に窓から噴水が見える位置に設置しました。観客は、時間とともに移り変わる噴水の光景を窓ガラス越しに観ながら、デュシャンの作品を鑑賞することができたのです。変化するものを見て、その中に美しさがあるという「まぶさび」のひとつの考え方です。

日本では、瀬戸内海の豊島(てしま)美術館がいい例でしょう。アーティスト・内藤礼氏と建築家・西沢立衛氏がつくった美術館で、天井の大きくくりぬかれたところからは空が見え、光や風が入り込んで、さまざまな表情を見せています。開口部にゆるやかに張りわたされたひもが風に任せて動く仕掛や、床から水滴が出てきて動く展示など、とても美しいです。

――こうした「まぶさび」を日常で体験し、心の美しさ・豊かさにつなげていくには、どんな方法がありますか?

私がやっているのは、コンパクトに満月を映して見ることです。鏡に月の位置を合わせるのがなかなか難しいのですが、小さな光が拡散して、とても感動的です。ぜひ、試してみてください。心を豊かにする近道は、日常でのかすかな変化に敏感になることではないでしょうか。谷崎潤一郎が『陰影礼賛』でも書いていたように、障子を通してかすかな明るさを感じるといったことも、そうです。それができるようになると、とても幸福な気持ちになれて、日々の不安や死への恐れさえも和らぐものです。 コンパクトに満月を映して見る 「さび」とは、無常即永遠をいいます。移ろいゆくこと、はかないことを肯定し、さらには成仏にまでつなげると、多少のことでは揺るがないようになる。「さび」を考えると究極、そこにゆきつくのです。少々難しく聞こえるかもしれませんが、まずはその入口として、この講座を体験してみるのもいいと思います。 左は篠原先生の著書『差異の王国--美学講義』、中央が2011年に開かれたアート作品展「まぶさび展」のカタログ。中屋万年筆でオーダーした万年筆(左)とパイロット万年筆(右)。 左は篠原先生の著書『差異の王国--美学講義』、中央が2011年に開かれたアート作品展「まぶさび展」のカタログ。本の上の半透明のカードは先生がつくった「まぶさび鏡」で、風景や人の顔を透かして見るという遊び心のあるもの。中屋万年筆でオーダーした万年筆(左)とパイロット万年筆(右)は、どちらもインクに先生のハッピーカラー・紫を使用。カタログ、まぶさび鏡、万年筆に入っているデザインは、自身がデザインした「まぶさびマーク」。

篠原資明 京都大学名誉教授・高松市美術館 館長
1950年香川県生まれ。京都大学文学部哲学科卒。京都大学大学院文学研究科(美学美術史学専攻)修了。京都大学博士(文学)。京都大学文学部助手、大阪芸術大学助教授、東京芸術大学専任講師、京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て、現在、京都大学名誉教授、京都市立芸術大学客員教授、高松市美術館館長。その間、京都市立芸術大学、名古屋大学、慶応大学、東北大学、東京大学などで、非常勤講師をつとめるとともに、放送大学客員教授、ローマ大学客員研究員も兼任。2005年4月~2015年3月 国立美術館外部評価委員。2010年10月~2013年10月 美学会会長。2014年4月~2016年3月 高松市美術館アート・ディレクター。2011年10月より日本学術会議連携会員。
京都大学では、総合人間学部人間科学系に所属し、同じく大学院では、人間・環境学研究科の共生人間学専攻・思想文化論講座(創造行為論分野)に所属した。専門は、哲学・美学。詩人(日本文芸家協会会員)、美術評論家(国際美術評論家連盟会員、2014~2015年 日本美術評論家連盟常任委員)。自らの活動を「まぶさび」の理念のもとに統括し、知・行・遊からなる「まぶさび庵」を主宰する。 著書:『まず美にたずねよ』(2015 岩波書店)『差異の王国 美学講義』(晃洋書房 2013)『まぶさび記』(弘文社 2002)など多数

ワコールスタディホール京都 篠原資明さんが講師をつとめるスクール講座情報
いま、あらためて知る日本の美「さび」
10月26日(水)19:00〜20:30

取材・文/南 ゆかり
撮影/平賀 元

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